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東京地方裁判所 平成11年(特わ)385号 判決

主文

被告人株式会社ソウルトレーディングを罰金三〇〇万円に、被告人李承魯を懲役二年六月にそれぞれ処する。

被告人李承魯に対し、この裁判確定の日から五年間その刑の執行を猶予する。

被告人株式会社ソウルトレーディングから、警視庁本部で保管中の感気薬パンピリンエフ三八一本(平成一一年東地庁外領第八四一号の一五、一七、一八、二一ないし二三、二六、三二)及び消化器機能異常治療剤メクソロン九四本(同号の一六、一九、二〇、二七)を没収する。

被告人株式会社ソウルトレーディングから、金一〇三万四〇五〇円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社ソウルトレーディング(以下「被告会社」という。)は、東京都江東区亀戸五丁目一七番一三号ミハマビル一階に本店を置き、食料品や医薬品等の輸出入及び販売、外国への送金のための銀行手続事務代行等を主な営業目的とし、「ソウル物産」(千葉市中央区栄町九番一一号ゴールデンプラザ一階所在)及び「ソウルショッピング」(東京都墨田区江東橋二丁目三番四号ドルミ錦糸町長谷川ビル一階所在)の名称で、それぞれその営業所兼店舗を置いているもの、被告人李承魯(以下「被告人」という。)は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括掌理しているものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し、

第一  薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けず、かつ、法定の除外事由がないのに、業として、販売の目的で、

一1  平成一〇年七月一六日、前記ソウル物産店舗内において、医薬品である「パンピリンエフ液」と称する液体一本(液量約二〇ミリリットルで瓶入りのもの)及び「メクソロン液」と称する液体一本(液量二〇ミリリットル入りで瓶入りのもの)を陳列し、

2  同年一二月二二日、前記ソウルショッピング店舗内において、医薬品である前記パンピリンエフ液一本及びメクソロン液一本を陳列し、

3  平成一一年一月二八日、前記ソウル物産店舗内において、医薬品である前記パンピリンエフ液一二六本(液量合計約二五二〇ミリリットル。平成一一年東地庁外領第八四一号の一七、一八、二一ないし二三)及び前記メクソロン液五一本(液量合計約一〇二〇ミリリットル。同号の一九、二〇)を陳列し、

4  同日、前記ソウルショッピング店舗内において、医薬品であるパンピリンエフ液二八五本(液量合計約五七〇〇ミリリットル。同号の二六、三二はその一部)及び前記メクソロン液一三本(液量合計約二六〇ミリリットル。同号の二七)を陳列し、

二  同日、前記被告会社本店内において、医薬品である前記パンピリンエフ液二一〇本(液量合計約四二〇〇ミリリットル。同号の一五)及び前記メクソロン液三〇本(液量合計約六〇〇ミリリットル。同号の一六)を貯蔵した。

第二  イ・ヨンノこと李龍魯と共謀の上、内閣総理大臣又は金融再生委員会の免許を受けないで、別表記載のとおり、平成一〇年九月一一日ころから同年一二月三〇日ころまでの間、前後九五四回にわたり、前記被告会社事務所及び前記ソウル物産店舗内において、キム・ジョンレほか多数の者から、その指定する大韓民国内の銀行預金口座及び郵便貯金口座への同国通貨による送金方の依頼を受けてこれを引き受け、右依頼人らから送金受任額及び手数料を東京都江東区亀戸五丁目二番三号株式会社さくら銀行亀戸支店に開設された被告会社に帰属する被告人名義の普通預金口座などに本邦通貨で振込入金させた上、いずれもそのころ、右被告会社事務所内から大韓民国ソウル市永登浦区汝矣島洞一三一二〇プリンスビルディング四〇九号室所在の「ソウル企画」こと前記李龍魯方事務所にファクシミリを送信し、李龍魯に対し、右受任にかかる受取人の氏名、送金受任額、送金先銀行名・郵便局名及び口座名義人などを連絡してその旨の支払方を指図し、さらに、これに基づき、李龍魯において、同年九月一一日ころから同年一二月三〇日ころまでの間、前後九五四回にわたり、大韓民国所在の株式会社第一銀行西汝矣島支店に開設された被告会社に帰属するソウル企画イ・ヨンノ名義の普通預金口座などから同国所在の株式会社国民銀行に開設されているノ・ジョンシク名義の預金口座など右依頼人らの指定する各送金先預貯金口座に右各送金受任額に相当する金員を同国通貨で入金して支払い、もって、営業として為替取引を行って銀行業を営んだ。

(証拠の標目)省略

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、判示第二の銀行法違反の事実について無罪である旨主張し、その理由として、1 銀行法二条二項二号の「為替取引」の意義は明確性に欠けるから、為替取引を無免許で行った行為を処罰する旨規定する同法六一条は憲法三一条に違反する、2 被告人の本件送金行為は、銀行法二条二項二号にいう「為替取引」に該当しない、3 被告人には本件銀行法違反の故意がないというので、以下、判断する。

二1  銀行法が、銀行業務の公共性にかんがみ、信用秩序の維持、預金者等の保護及び金融の円滑を目的としていることに照らせば、同法二条二項二号にいう「為替取引」とは、隔地者間で直接現金の送付を伴うことなく資金を移動する仕組みで行われる取引行為を包括的に指すものと解される。そして、このように解することは、通常の判断能力を有する一般人の理解にも適うものであり、そのような一般人の理解において、具体的場合に当該行為が「為替取引」に該当するか否かを判断することが可能であることは明らかである。したがって、無免許で「為替取引」を行ったことを処罰する旨規定する銀行法六一条は、罰則規定としての内容の明確性に欠けるところはなく、同条が憲法三一条に違反しないことは明らかであるから、この点の弁護人の主張は失当である。

2  そして、関係各証拠によれば、被告人が被告会社の業務として行っていた送金方法は、日本において、在日韓国人らから韓国への送金依頼を受けて被告人名義の銀行口座などに日本円を振り込ませ、これらの送金受任額を被告会社名義等の銀行口座に振り替えていったん集約し、これを韓国の銀行の東京支店に開設した口座に振込入金した上で、その口座から引き出した現金を、韓国にあるイ・ヨンノ名義の銀行口座に電信送金してプール金を作り、その一方で、韓国にいる李龍魯にファクシミリで依頼人氏名・送金受任額・送金先銀行口座等を連絡し、同人に、送金依頼人の指定する受取人名義の銀行口座に送金受任額相当額を韓国ウォンで入金させたというものであることが認められる。そして、このような方法に照らせば、日本にいる送金依頼人らと韓国にいる受取人らとの間では直接現金の送付が伴っていないことが明らかであるから、本件送金方法が、銀行法二条二項二号にいう「為替取引」に該当することは明白である。よって、本件送金行為は「為替取引」に該当しないとの弁護人の主張は失当である。

3  さらに、銀行法違反の故意について判断するに、被告人自身、被告会社の経営者として、内閣総理大臣及び金融再生委員会の免許を受けないまま、右2認定にかかる方法で送金行為を行ってきたこと、すなわち、無免許で為替取引を行ってきたことを捜査・公判を通じて一貫して認めており、さらに、関係証拠によれば、被告人は、本件犯行前の平成一〇年四月ころ及び本件犯行最中の同年一〇月ころ、被告会社従業員らが韓国の銀行の担当者に電信送金を拒絶されたとの報告を受けていることなどの事情が認められ、以上によれば、被告人に銀行法違反の故意があったことは明らかというべきである。この点、弁護人は、被告人は銀行法の諸規定に対する認識はなく、また、公認会計士との相談を経た上で銀行手続事務代行を被告会社の営業目的として登記官に受理されたこと、税務調査を受けた際送金業務が違法であるとの指摘を受けなかったこと等の事情から、被告人には本件送金行為が銀行法に違反するとの認識はなかったというが、これらの点をもって、被告人の銀行法違反の故意の存在が否定されるものではない。よって、この点の弁護人の主張も理由がない。

三  よって、弁護人の主張はいずれも理由がなく、失当である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は包括して薬事法八四条五号、二四条一項に、判示第二の所為は包括して刑法六〇条、銀行法六一条、四条一項にそれぞれ該当するので、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、被告会社に対しては、判示第一につき薬事法八九条により同法八四条五号の、判示第二につき銀行法六四条一項三号により同法六一条の各罰金刑を科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の多額を合計した金額の範囲内で被告会社を罰金三〇〇万円に処し、被告人に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、警視庁本部で保管中の感気薬パンピリンエフ三八一本(平成一一年東地庁外領第八四一号の一五、一七、一八、二一ないし二三、二六、三二)及び消化器機能異常治療剤メクソロン九四本(同号の一六、一九、二〇、二七)は、判示第一の犯罪行為を組成した物で、被告会社以外の者に属しないから、同法一九条一項一号、二項本文を適用して被告会社からこれを没収し、判示第二の犯行により被告会社の取得した金一〇三万四〇五〇円の現金は同法一九条一項三号に該当するが、既に費消して没収することができないので、同法一九条の二を適用してその価額を被告会社から追徴し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人及び被告会社にいずれも負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は、被告会社の代表者である被告人が、韓国国内から入手した医薬品を、販売目的で、被告会社店舗内等に無許可で陳列・貯蔵したという薬事法違反の事案と、本邦内に在住する韓国人らから送金依頼を受け、その指定する韓国国内にいる受取人らの銀行口座に入金する方法で、無免許で為替取引を行って銀行業を営んだという銀行法違反の事案である。

量刑上重視すべき銀行法違反の点は、起訴にかかるだけでも、約三か月半の間に九五四回にわたり二億円余りの金員を送金のため受け取り、それと同金額を韓国国内の銀行に入金したという大規模なものである上、送金に当たっては、韓国国内にいる実兄にプール資金を管理させ、ファクシミリで教示した受取人口座に送金依頼額を入金させるなどしており、その態様は組織的なものといえる。また、薬事法違反の点も含め、犯行の動機は、結局は、被告人らの利益追求に尽きており、酌量の余地はない。以上の事情にかんがみると、被告人らの刑責は相当に重いというほかはなく、被告人については実刑に処することも考えられなくはない。

しかしながら、他方、本件送金に関して、利用者との間でトラブルは生じておらず、依頼どおりに韓国への送金がなされていること、本邦における韓国人らの違法活動を助長する目的で行われたものではないこと、本件の医薬品は、韓国から本邦に入った者から個別に入手されてきたもので、薬事法違反の点は大がかりなものではないこと、薬事法違反については素直に認め、銀行法違反についても送金自体は一貫して認めているほか、今後は決して本件のような違法行為には及ばない旨誓約するなど、反省・更生の態度が認められること、昭和六〇年に本邦に入国して以来本邦での前科はないことなど、被告人のために有利な事情も認められる。

裁判所は、以上の諸事情を総合考慮し、主文の刑を定めた上、被告人については今回に限り刑の執行を猶予するのが相当と判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(別表省略)

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